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税理士法人 今井会計事務所

続 3 「 嫌われる勇気 」 人生が変わるアドラー心理学  2014-07-11

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43.「不幸なお金持ち」 にならないために      2014.07.11

 

 「①自己受容 = ありのままの自分を受け入れる」 と 「②他者信頼 = 他人を信頼する」 を、おさらいしましょう。
 この2つによって、他人を仲間と見なすことができます。
 それによって、自分が 「ここにいてもいい」 という所属感を、得ることもできます。    

  他人と比較したり、競争する人は、最終的に相手を敵と見なすため、 「①自己受容」 も 「②他者信頼」 も難しい と言えます。

 

 今回は、もう1つ必要な、3番目の 「③他者貢献」 の話です。
  「③共同体感覚」 へ進むためには、さらに 「③他者貢献」 が必要です。
  「他者貢献」 とは、仲間に対して、何らかの働きかけをしていくこと、つまり、貢献しようとすること。 

  それは、 自分を捨てて、誰かに貢献するのではなく、自分の価値を実感するために、すべきもの 、とのことです。

 

 ここで、疑問が湧いてきます。
 けっきょく、それは、自己満足のためではなかろうか。
 そのようなものを、貢献と呼ぶべきなのだろうかと。
 これに対して、この本では、仕事を例に、次のような、説明がなされています。

 

 労働とは、 「お金を稼ぐ」 ためでも、ありますが、実は、 「他者貢献」 のためにするもの。
 さらに、 共同体にコミットし、 「自分は誰かの役に立っている」 ことを実感して、自らの存在価値を受け入れるため のものです。
  たとえば、大富豪なのに、仕事をする人がいますが、それは、さらに、財産を増やしたいから、ではありません。
 他者に貢献することによって、 「ここにいてもいい」 という、所属感を高めるためと、述べられています。

 

 共同体意識を求めて、誰かに貢献する。
 それは、あくまで、 「与える」 ことを、主とするからこそ、得られる ものではないでしょうか。
 これが、もし、 「見返りを期待する」 「嫌われたくない」 、あるいは、劣等感から逃れるために 「他人を見下したい」。
 このような考え方の持ち主から生まれた、偽善、エセ貢献、おせっかい、自己満足だとしたら、ますます心を貧しくさせるでしょう。

 

 共同体意識を、さらに高めるためには、 「能力を高める」 ことが、重要です。
 すると、より多くの人、より難しい事情を抱えた人、に対して、貢献できるようになります。
 他者に貢献するにあたり、求められる能力を、最も高めやすいのは、仕事ではないでしょうか。

 仕事の能力を高め、それによって、社会に広く貢献していくことが、最終目標になる と、私は考えています。

 

 

44.自分で勝手に決めてよいこと      2014.07.13 

 

 この本について、ネット上のレビューを読むと、否定的なものも、ごく少数、寄せられています。 
 内容は、 「アドラー心理学は正しくない」 。
 生き方や、考え方は、各人が決めればよいことです。

 だから、 一般論として 「正しいかどうか」 について、問うべきではない、と考えています。

 

  私自身も、正直、これが、万人にとって 「正しい」 ものかどうか、わかりません。
 しかし、個人的には、 「採り入れるかどうか」 を、判断すべき でしょう。
 それでは、どのような手順によって、判断すればよいのでしょうか。
 私は、以下の方法によります。

 

 まずは、目的論に沿って、目的を決めます。
 もし、その目的が、 「人生を幸福に導くため」 だとすると ・・・
  「人生を幸福に導くため」 には、 「どのような考え方を選ぶべきか」 という基準が生まれます。

  その基準に従って、たとえば、アドラー心理学を実践するかどうかを、決めればよい のです。

 

 「自分が、何歳まで生きられるかどうか」 も、重要ながら、わからない問題です。
 そこで、まずは、目的論に沿って、目的を決めます。
  もし、その目的が
「今を充実させること」 だとしたら、基準は、 「今を充実させるためには、何歳まで生きられると仮定すべきか」 になります。
   その基準に従って、 「自分は何歳まで生きられるか」 を、勝手に決めればよい のです。

 

 40歳くらいまでは、人生のゴールが見えませんので、ついつい、時間を浪費してしまいます。 ここで、 「今日が人生最後の日」 と仮定すれば、 「今日一日だけは精一杯、生きよう」 と、気持ちを奮い立たせることができます。 反対に50代に入ると、人生のゴールが、はるか遠くに、見えてきます。
 そのまま意識すると、生き方が消極的になりますので、逆に 「人生100年」 と仮定して、積極性を維持したい ものです。 

 

 この他にも、神様がいるかどうか、来世があるかどうか、死ぬときは苦しいかどうか ・・・ など。  人生には、正解に、たどりつけない問題が、多々あります。
 これらについても、目的論に沿って、自分自身で、勝手に決めればよい のです
 もし、神様がいた方が、うまく生きられるなら、 「神様がいる」 と、自分で決めてしまえばよいのです。

 

 

5.勇気を出して、心豊かな人になる      2014.07.14 

 

 アドラー心理学によれば、対人関係のスタートは 「課題の分離」 でした。
 「課題の分離」 によって、他人の課題を切り捨て、自分の課題に集中する。
 そして、ゴールは 「共同体感覚」。

 この 「共同体感覚」 を高めるためには、 「①自己受容」 「②他者信頼」 「③他者貢献」 が必要 です。

 

 ありのままの自分を受け入れる ・・・ つまり 「①自己受容」 する
 だからこそ、裏切りを恐れることなく 「②他者信頼」 することができる。
 そして、他者に無条件の信頼を寄せて、人々は自分の仲間だと思えているからこそ、 「③他者貢献」 できる。

  ①〜③は、 3点セットなので、1つとして欠かすことができない 、そうです。

 

  もし、 「課題の分離」 だけで、終わってしまうと、他人を 「敵」 と見なすことは、なくなるかもしれません。
 しかし、他人を 「仲間」 と見なしたり、自分の居場所を確認することができません。

  「共同体感覚」 は 「課題の分離」 と同様、非常に重要なテーマ です。
 この本では、次の例を示し、復習を勧めていますが、私は、目的論から、アプローチしてみました。

 

  主人公は主婦、毎日、食事の後かたづけを、しなければいけません。
 ところが、子供たちは、食事が終わると、自分の部屋へ直行、夫に至っては、ソファーで、のんびり、テレビを見ています。

  この様子を見て、「イライラする」 と 「楽しそうにする」 、どちらを選ぶのか。
  ここで、前回の 「自分で勝手に決めてよいこと」 を、思い出してください。

 

  自分は、 「イライラすべき」 なのか、 「楽しそうにすべき」 なのか。
 
まずは、「何れが正しいか」 から離れて、目的論に沿って、目的を決めます。 もし、目的が 「お互いに感謝しあえる家族になりたい」 だとしたら・・・  「お互いに感謝しあえる家族」 になるために、 「イライラする」 と 「楽しそうにする」 、何れの行動を選択すべきなのか、を考えます。

 

  もし、 「イライラする」 を選択すると、自分も楽しくなければ、家族も近づきたくないでしょう。
  反対に、「楽しそうにする」 を選択すれば、その姿を見て、子供も手伝いたくなるかもしれません。 心の豊かさとは、周囲に伝染するものです。 
  重要なことは、たとえ絶望的な状況においても、
自ら、勇気を出して、その1人目になること でしょう。

 

 

6.「自立」 の意味は、年齢によって変わる      2014.07.16 

 

 以前、ご紹介した、アドラー心理学の目標は、共同体感覚を高めるためにも、有効です。  A① B①は、 「自己受容」 に関するものであり、A② B②は、 「他者信頼」 「他者貢献」 に、つながるもの です。

A.行動面の目標 ① 自立すること ② 社会と調和して暮らせること

B.精神面の目標 ① 私には能力があるという意識 ② 人々は私の仲間であるという意識

 

哲学者カントも、次のような言葉 (記憶の範囲内で要約したもの) を、残しています。
  人間の内面における、最も偉大な革命は、 「未成年状態を脱する」 こと。
  ところで、この 「未成年状態を脱する」 とは、何を意味するのでしょうか。
 これも、 「自立」 と考えられます。

 

  「自立」 の意味は、年齢によって変わる のではないでしょうか。
 たとえば、20代前半の人が、自分の収入で、賃貸住宅を借り、一人暮らしをしていたら、これは 「自立」 と言えます。
 社会人として、初めての経験ばかりですから、これで精一杯でしょう。
 しかし、30代後半の人が、同じ暮らしをしていたら、これを 「自立」 と呼ぶべきでしょうか。

 

  30代後半になれば、多くの人が、何らかの形で、誰かを助けています。
 子供や親を養っている人もいれば、職場で従業員や後輩を育てている人もいます。
 だから、30代後半になっても、自分のためだけに、生きている人が、自立しているとは、言い難い ものです。
  ここから先へ進むためには、どのような方向を、目指せばよいのでしょうか。

 

  アドラー心理学においては、行動面の目標として、もう1つ、 「社会と調和して暮らせること」 が、揚げられています。
  それを支える、心理面の目標は、 「人々は私の仲間である」 という意識です。
 つまり、 他人、組織、社会などを、仲間と意識し、そこに 「信頼」 と 「貢献」 がなければ、 「自立した大人」 とは言えません。
 自分の収入で、一人暮らしをしているだけで、 「自立」 と認められるのは、せいぜい20代まで、と考えてください。

 

  また、 「親離れできない子には、子離れできない親がいる」 と、言われます。
 何れが、罪深いのかと言えば、間違いなく 「子離れできない親」 です。
 親は年長の立場にありますから、子供より分別があって、当たり前ですが、それができていません。
 親が 「自分の自立」 を、望んでいないと感じたら、知恵を絞って、脱出していただきたいものです。

 

 

7.「みんな」 「いつも」 「すべて」 に注意する      2014.07.17 

 

 この本の中で紹介されている、ユダヤの教えによれば・・・
 「10人中、1人は必ず自分のことを批判する。2人は親友になれる。7人はどちらでもない」 そうです。
  このような状況の中で、どの人に注目するのか。
  「自分を批判する1人」 「親友になれる2人」 「どちらでもない7人」 、これが、今回のテーマです。

 

  もし、 「自分を批判する1人」 に注目すると、絶望的な気分に陥るかもしれません。
  もし、 「親友になれる2人」 に注目すると、ハッピーな気分で過ごせるでしょう。
  もし、 「どちらでもない7人」 に注目すると、どんな気分になるのでしょうか。
  つまり、 同じ事実を前にしても、何に注目するかによって、気分は天国と地獄ほどの違い、がある ということです。

 

  よくない例として、 「神経症的なライフスタイルを持った人」 が、紹介されています。
  このような人たちは、さらに、 「みんな」 「いつも」 「すべて」 といった言葉を、多用します。
  具体的には、 「みんなが自分を嫌っている」 「いつも自分だけが損をする」 「すべて間違っている」 など。
 物事の一部だけを見て、それを全体と見なすので、アドラーは「調和を欠いた生き方」 と呼んでいます。

 

  これが原因で、物事を 「白」 か 「黒」 の何れかに、決めつける人がいます。
 ところが、現実社会には、白もなければ、黒もなく、あるのはグレーのみ。
 ただし、限りなく白に近いグレーから、限りなく黒に近いグレーまであり、しかも、時間の経過によって、変化します。
 その時々に意識を集中させ、どのようなグレーなのかを、見分けて、適切に対応するのが、知恵の発揮どころ ではないでしょうか。

 

  しかし、人生には、限りがあります。
 もし、あらゆることに真剣に取り組んでいると、時間と労力が割かれ、努力の割に報われない人生で終わります。
 そこで、 重要性に応じて、対応の仕方を、区別すべき ではないでしょうか。
  まず、重要でないことは、 「足して2で割る」 「大勢に従う」 「決めたい人に決めてもらう」 などでよいでしょう。

 

  次に、最大ボリュームである、日常判断については、 「原則」 と 「特例」 に分けて、対応しています。
 基本的には 「原則」 を適用し、ワンパターンで対応しますが、変更すべきと判断したら、 「特例」 として、別の対応を考えます。
 この方法によれば、少数の例外のみ覚えておけば、後は原則で済むので、もしもの時のために、時間を節約することができます。
  最後に、当たり前のことですが、重要事項に関しては、十分な時間をとって、全精力を傾けなければいけません。

 

 

8.企業経営に生かす (詐欺被害にあわない)      2014.07.21 

 

 以前、 「他人と自分を比較 (相対評価) してはいけない」 というお話をしました。
 他人と自分を比較すると、そこには、競争が発生します。
 競争の先には、必ず勝者と敗者がいます。
 自分が敗者になる訳にはいかないので、けっきょく相手を敵と見なすようになります。

 

  さらに、人間は、 「相対評価」 に陥ると、判断力が低下します ・・・ つまり、騙されやすくなります。
 なぜなら、敵視する人に、意識が集中するため、それ以外の状況が、見えなくなるからです。
 世の中には、このような性質を悪用する者もいるので、注意が必要です。
 もし、同業他社などの具体名をあげて、競争を煽る人物がいたら、挑発に乗らないことです。

 

 個人的な人間関係では、自己愛の強い人ほど、他人同士を争わせる 傾向に、あるようです。
 メンバー全員から、最も信頼されていなければ、気が済まないからでしょう。
 例えば、周囲の人は、みな、Aさんを信頼しているのに、周囲の人同士は、信頼しあっていない。
  このような人間関係に出会ったら、Aさん自身が、他人同士を争わせている可能性があります。

 

 中国古典の1つ、 「孫子」 には、戦争で敵をあざむく方法が、多数、紹介されています。
 中でも、 他人同士を争わせ、いわゆる 「漁夫の利を得る」 方法は、基本中の基本ではないでしょうか。
 また、特定の他国を、仮想敵国と見なし、国民をコントロールする国もあります。
 国民の視線を他にそらせ、自分たちへの非難をかわしたり、政府に都合のよい政治を進めるためです。 

 

 次は、私のビジネスエリアに、しばしば登場する、悪徳コンサルタントの話です。
 ある飲食店の近くに、大型チェーン店ができることになりました。
 するとコンサルタントは、開口一番、 店主に言ったそうです。
 「あの店に勝ちたいかどうか、それだけ聞かせて欲しい」。

 

 その後、このコンサルタントは、数回、自分を売り込んだだけで、店主に40万円、請求してきました。 
 ビジネス上、このような人物に、騙されないためには、どうすればよいのでしょうか。
 それは、 「他人と自分を比較する」 のをやめて、 「理想の自分と実際の自分を比較する」 習慣を、持つことです
 人生にとって、 大切なことは、「誰かに勝つか負けるか」 ではなく、 「自分らしく幸せに生きられるかどうか」 ではないでしょうか。

 

 

9.「自分のために」 が、人生を苦しくする      2014.07.22 

 

 間にとって、最大の不幸は、自分を好きになれないこと。
  それでは、どうすれば、自分のことを、好きになれるのでしょうか。
 「方法は1つしかない」 と、アドラーは述べています。
 それは 「貢献感」 を持つこと。

 

 貢献感とは、 「私は共同体にとって有益である」 「私は誰かの役に立っている」 といった思いです。
 この貢献感は、 「自らに価値がある」 という実感を、もたらします。
 その結果、自分のことを、好きになることができるのです。
 私の場合、 「好き嫌い」 という思いが、希薄なせいか、自分に対しても、他人に対しても、好き嫌いを、感じない方ですが。 

 

 私の両親は、戦前教育の影響を色濃く残す、最後の世代、昭和一桁生まれです。
 おかげで、子供の頃から 「世のため、人のため」 と言われて、育ってきました。
 だから、 自分の内面には、ほとんど関心がなく、常に自分の外側の世界に対して、強い興味を抱いていました。
  人、物 (お金) 、事の中では、圧倒的に 「事」 に関心があります。 

 

 ところが、昭和二桁生まれ、さらに戦後生まれの親の中には、 「自分のために生きなさい」 と、主張する人も増えました。
 10年以上前のことですが、精神科医の本を読んだところ、 「自分の内面に強い関心を持つのは危険」 と書かれていました。
  なぜなら、自分の内面に深入りすると、迷路に入り込み、抜け出せなくなるからです。
 前述の親たちに、悪気はなかったかもしれませんが、 「子供を窮地に陥れるかもしれない」 と、私は見ていました。 

 

 ここで、 「貢献感」 を得るために 「他者承認」 を求めてはいけないのか、という疑問が湧いてきます。
 この疑問に対して、この本では、次のように答えられています。
 他者に承認を求めると、他者の望みを満たそうとする生き方になるので、そこには 「自由」 がない。
  つまり、 自由のない幸福は、幸福ではない とのこと。 

 

 さらに、制度としての自由は、国、時代、組織、文化などによって違うが、対人関係における自由は、普遍的なもの。
  「私は誰かの役に立っている」 という幸福感があれば、他者の承認は必要ない。                        
  承認欲求にとらわれている人は、いまだ共同体感覚を持てておらず、自己受容や他者信頼、他者貢献もできていない。
  まったく、その通りですね。

 

 

50.「特別であろうとする人」 に注意する      2014.07.24 

 

 世の中には、「特別であろうとする人」 がいます。
 「普通の人」 ではいけないと、考えているのでしょうか。
 話し方や、態度、人によっては、服装にまで、涙ぐましい努力を払っています。
  見る人が見れば、偽物とわかるので、みっともないと、私は思うのですが。 

 

 子供には、めずらしくありませんが、20代を過ぎると、激減するようです。
 従って、 30代以上で、この傾向があるとすれば、未だに、幼児性が抜けきれていない、 可能性があります。
 中には、愛すべき幼児性を、発揮する人もいるかもしれません。
 大人としての役割さえ、期待しなければ、害は少ないと言えます。 

 

 ところが、 「世紀の大発見をした」 とか、 「特殊な才能を持っている」 などと、吹聴する人は、大きな害を及ぼします。
 虚言癖や妄想癖があり、かつ、責任感にも乏しく、言動が、行動や事実と、一致していないからです。
 過去に数名、出会いましたが、私自身も、少なからず、損害を受けた経験があります。
 特別扱いしなければ、一時的に非難を受けるものの、やがて、遠ざかっていきます。 

 

 以前、お話しした悪徳コンサルタントなどは、悪意がありますが、精神的には、まだ健全の範囲内、かもしれません。
 しかし、このようなタイプは、 「悪意がある (意識的な嘘)」 なのか、 「精神が病んでいる (無意識の嘘)」 なのか、わかりません。
 パーソナリィティー障害の中では、 「自己愛性」 が最も、共通点が多い と、考えられます。
  その原因は、 「親子関係にある」 と、書かれているものもありました。 

 

 この本では、子供を例に、 「特別であろうとする人」 について、述べられています。
  多くの子供たちは、最初の段階で、 「特別によくあろう」 とします。
 いわゆる 「よい子」 を目指して、努力します。 
 ところが、 うまくいかないと、今度は、 「特別に悪い人」  になる者もいます。 

 

 一見、反対に見えますが、目的は同じ。
 他者の注目を集め、 「普通」 の状態から脱し、 「特別な存在」 になる ことです。
 アドラーは、これを 「安直な優越性の追求」 と呼んでいます。
 その場では、特別な存在になれるが、不健全な態度だと、指摘しています。

 

 

1.本当の幸せは 「普通」 の中にある      2014.07.27 

 

 前回、 「特別であろうとする人」 について、お話ししました。
 それでは、その理由は、何なのでしょうか。
 この本には、「普通である自分」 が受け入れられない。 
  だから、 「特別によくある」 ことが、くじかれると 、「特別に悪くある」 ことへと、極端に飛躍すると、書かれています。

 

  「特別であろうとする人」 は、精神的に不安定な人が、少なくありません。
 私が、これまで関わった人の中には、精神安定剤を常用する人も、複数いました。
 すると、 極端な躁 (そう) 状態と、極端な鬱( うつ) 状態が、交互に現れます。
 躁状態の時は、極端な浪費に走り、鬱状態の時は、絶望的な気分になるなどの、傾向も見られました。 

 

 以前、お話ししたとおり、現実社会には、白もなければ、黒もなく、あるのはグレーのみ。
 ただし、限りなく白に近いグレーから、限りなく黒に近いグレーまであります。
  どのグレーなのかを、見分けるのが、知恵の発揮どころです。
 ところが、 極端な躁と鬱しかなく、中庸部分、つまり 「普通の部分」 が欠落していると、微妙な判断が困難 になります。 

 

 ところで、 「特別な人」 と 「特別であろうとする人」 は、当然ながら、違います。
  私も、過去に、数名、 「特別な人」 に出会いました。
 何が特別なのかというと、才能です。
 「超越している」 という言葉が、妥当でしょう。 

 

 しかし、 「特別な人」 たちの多くは、 「普通の人」 としての生活を、大切にしています。
  家族関係や、友人関係にかかわらず、他人との関わり方についても、普通であろうとします。
 それは、 本当の幸せが、 「普通」 の中にあることを、理解している からでしょう。
 おかげで、 「特別であろうとする人」 よりも、一見、 「普通」 に見えるものです。 

 

 「特別であろうとする人」 は、その部分がわかっていません。
 だから、 「特別な人」 になれば、他人に威張ったり、自分だけ得をしたり、他人から尊敬され、それが幸せだと、信じています。
  そもそも、 自分が 「特別な人」 かどうかを、判断するのは、他人 です。
 それを演技によって、実現させようとするのは、 「課題の分離」 ができていない証拠、ではないでしょうか。

 

 

2.「普通人」 として、腹をくくって、生きる      2014.07.29 

 

 「普通の自分」 が、受け入れられないと、 「特別によい子」 から、 「特別に悪い子」 へと、極端に飛躍する。
 この本には、このように、書かれていました。
  それでは、この 「普通」 とは、一体、どのくらいの範囲 のことを、言うのでしょうか。
  私の場合、99.9%以上を、 「普通」 と考えています。 

 

 たとえば、プロ野球で言えば、イチロー選手は 「特別」 ですが、松井秀喜さんは 「普通」 。
 もちろん、松井さんも、すごいのですが、それは、従来までの 「常識的なカテゴリーの範囲内」 に、おいてのことです。  私は、ON (王貞治さんと、長島茂雄さん) 時代を、知っているせいか、松井さんや原辰徳さんレベルでは、 「特別」 と、感じられません。
 ところが、イチロー選手は、まったく異質なので、 「特別」 に、区分しました。 

 

 ここまで 「普通」 の範囲を拡げると、世の中の人の大半が、 「普通」 の範囲内に収まります。
  もちろん、自分も、 「普通」。
 生まれ変わらない限り、自分が 「特別な人」 になることなど、ありえません。
 だから、今の人生は、 「普通人」 として、生きていこう、と、腹をくくる ことができます。 

 

 「普通人」 には、特別な才能もなければ、特別な幸運もありません。
 だから、幸せに生きたければ、様々なことが、要求されます。
 キーワードで言えば、努力、誠実、責任、正直、協力、貢献、健康、忍耐、決断、遠慮、などでしょうか。
 ただし、これらは、 「特別な才能」 と違って、自分の意思と努力によって、改善することができます。 

 

 かつての同級生、先輩、後輩のうち、 「特別な人」 たちは、主に、上場企業のエリート社員や、官僚、学者、医師、弁護士になりました。
 これらの職業に就いているから、 「特別な人」 という意味ではありません。
 このように考えると、 税理士などは、ほぼ全員が 「普通人」。
  もし、 「特別」 と、考えていたら、よほどお目出度い人物と、言わざるをえません。 

 

 私は、この 「普通人」 としての人生を、満喫しています。
 海外旅行に行かなくても、ただ道を歩いているだけで、十分、楽しむことができます。
 また、幸いにも、 「味覚」 より 「食欲」 で食べるタイプなので、何を食べても、たいてい美味いと感じます。
 さらに、周囲の人も、ほぼ全員が 「普通人」 なので、いちいち、人を上下に分けて、態度を変える必要もありません。

 

 

3.「普通人」 だから、不利なこと、有利なこと      2014.08.01 

 

  「普通人」 は、無数にいます。
 それが原因で、不利なことと、有利なこと があります。
 「何が不利なのか」 を自覚して、注意しながら、生きていくこと。
 「何が有利なのか」 を自覚して、それを生かして、生きていくことを、心掛けています。 

 

 まずは、不利なこと。
  最も大変なのが、 自分の代わりなど、いくらでもいる、 という点です。
 だから、気を抜き過ぎると、ポジションを失います。
 注意すべきは、ほどほどの緊張感を、長く、維持することでしょう。 

 

 次に、災難と思われるのが、 「特別であろうとする人」 に、騙されやすいこと。
 私は、10代のころ、 「特別な人」 たちと、数年間、過ごしたことがあります。
  だから、 「特別であろうとする人 (偽物) 」 が、 「特別な人 (本物) 」 ではないことに、早く気づくことができます。
 ところが、 「特別な人」 に接した経験が、ほとんどなければ、偽物に、騙されやすい のではないでしょうか。 

 

 次は、有利なこと。
 ひと言で言って、 「多数派」 という点に、尽きるのではないでしょうか。
  市場に出まわるサービスや商品のうち、最もコストパフォーマンスが高いのは、 「普通人」 向け のものです。             
 このレベルで悪くなければ、衣食住を、経済的に済ませることができます。 

 

 また、同じ悩みを抱える者も、多数いるので、簡単に、他人と共感しあうことができます。
 さらに、鋭い知性や感性など、もともと、持ち合わせていないので、悩みそのものが発生しにくい。
 悩みの大半は、妄想に過ぎないので、健全な精神を維持しやすい。
 「普通人」 なので、犯罪の標的になりにくい、など、有利なことは、数知れません。 

 

 若い人の中には、深い悩みに入り込んで、抜け出せない人がいます。
 このような人たちは、自分が 「特別な人」 ではないかという望みを、未だに、捨てきれていないのではないでしょうか。
 自ら、自分を、難しい存在、つまり、 「他人に理解されにくい存在」 にしない ことです。
 自分は 「普通人」 として、生きればよいことを、理解すれば、まったく違う、明るい人生が、開けてくると、私は思います。

 

 

4.子供に過度に期待する、不健全な親      2014.08.03 

 

 家族にとって、最も記憶に残る時期は、いつでしょうか。
 それは、 「子供が物心ついてから、小学生までの期間」 と、私は考えています。
  この期間は、 子供の人格形成にとって、非常に重要な時期 です。
  その後の人生を乗りきるだけの、勇気を育むためには、この時期を、幸せに過ごすことが、大切ではないでしょうか。 

 

 また、家族としても、 「我が家の原点」 とも言うべき、印象的な記憶を残す、チャンスに恵まれます。
 もし、その後、危機が訪れたとしても、家族としての絆が、維持できるのではないでしょうか。
 やがて、子供が、 中学生になると、自立の準備 が始まります。
 部活や交友、勉強などに励むために、親から少しずつ、離れさせるべきでしょう。 

 

 この 「子供が小学生までの期間」 、様々なお父さん、お母さんとの、おつき合いがありました。
 その中には、 子供を 「特別な人に育てたい」 と、思われる、お母さんも、数人 いました。
 子供が男の子の場合、神経が図太いせいか、あまり意に介さない様子でした。
 私も、幼少時から、母の言うことなど、ほとんど聞かなかったそうです。 

 

 ところが、女の子の場合、親の期待を、真正面から、受け止めてしまう傾向が、男の子より強いと、思われます。
 このようなお母さんは、子供が中学生以上になっても、子供の生活に、過度に関わろうとします。
 親の集まりにも、目の色を変えて、参加します。
 まるで、 子供をダシに、自分の欲望を満たしている ように見えます。 

 

 子供は、やがて、親の期待が、重荷に感じられ、苦しくなります。
 親の愛情が、実はゆがんだものであることを、何となく感じ取ります。
 私は、このような親を持った子供たちに、 一刻も早く、親の期待を満たすような生き方をやめる ことを、お勧めします。
 早い時期に、反発した子供ほど、その後、生き生きとしているようです。 

 

 このような親たちは、アドラー心理学とは、まったく正反対の考え方をする人たちです。
 「課題の分離」 ができておらず、子供を独立した人格として、認めようとしません。
 自分は 「普通人」 でいいから、子供には 「特別な人」 になれ、というのは、明かなエゴではないでしょうか。
 亡くなる2、3日前まで、あなたが高めるべきは、他者ではなく、あなた自身 です。

 

 

5.企業経営に生かす (微妙な違いを見分ける)      2014.08.06 

 

 以前、お話ししましたが、世の中には、 「完全な白」 もなければ、 「完全な黒」 もありません。
 あるのは、グレーのみ。
 ただし、限りなく 「白」 に近いグレーから、限りなく 「黒」 に近いグレーまで、あります。
  どのグレーかを、見分けて、適切に対応するのが、知恵の発揮しどころ です。 

 

  人で言えば、99%以上が、 「普通人」 です。 特別な才能など、持ち合わせていません。
  しかし、 ひと言で 「普通人」 と言っても、全員が微妙に違う ものです。
 人格、好み、外見、好み、健康、環境、生立など、すべて同じ人など、いないものです。 

 

 この視点を、ビジネスに応用してみましょう。
 大半の企業は、仕事の面で、同業他社と比べ、大きな違いなどありません。
 それでも、成果の点において、大きな差がつくのは、なぜでしょうか。
 それは、 微妙な違いを見分けて、適切に対応できているかどうか、 その積み重ねによります。 

 

 たとえば、コミュニケーションは、おおむね、明るい話し方をした方が、よいものです。
 しかし、自分を元気づけるため、または、自己アピールのために、大声を張り上げているような店員も、見受けられます。
 元気がよすぎると、かえって、他の人の元気を、くじいてしまいます。
 自分の声質などを自覚して、相手や状況によって、ほどよい大きさで、話さなければいけません。 

 

 また、話は、簡潔にしないと、聞く方も大変 です。
  さらに、1つの要件に対して、言葉数が多すぎると、限られた時間内に、多くの要件を伝えられなくなります。
 だから、相手や状況によって、的確な言葉を選び、話す順序を考え、相手が短時間で理解できるように、工夫する必要があります。
 会話一つをとっても、相手や状況によって、微妙な違いが求められます。 

 

 ビジネスは、極端なことをしなくても、微妙な違いを見分け、適切に対応していけば、安定した業績が望めます。
  まずは、平凡なものの中に、微妙な違いを見出す能力を、高めたいものです。
 逆に、 「特別であろうとする人 (才能的には普通人) 」 は、極端なものだけに、価値があると信じています。
 普通のものを馬鹿にし、 微妙な違いを理解しないため、目の前にある無数のチャンスを、逃している のではないでしょうか。

 

 

6.「善悪」 に強くなる      2014.08.07 

 

 他人に対して、一度も、迷惑を掛けずに、人生をまっとうできる人など、どこにもいません。
 故意であるか、過失であるかは、別として、必ず、どこかで他人に迷惑を、掛けているものです。
 多くの人が、その事実に気づき、同じ過ちを繰り返すまいと、心掛けています。
 だからこそ、 精神的に辛くても、その罪悪感を、心の奥底に、留めている はずです。 

 

 ところが、自分にとって、都合の悪い記憶を、すべて消し去る人たちもいます。
 悪意のある人であれば、罪悪感、あるいは、罪そのものから、逃れるためでしょう。
  しかし、さらに、 悪意さえ認識できない、病的な人たち もいます。
 このような人たちは、本人が自覚していないので、すっかり騙されることがあります。 

 

 以前も、お話しましたが、 「特別であろうとする人」 には、注意が必要です。
 才能レベルは、 「普通人」 であるにもかかわらず、自分は 「特別な人」 だと、20代を過ぎても、信じています。
 その根底にある、強烈な自己愛は、無意識のうちに、他者を害します。
 他者のことを、 「自分が特別な存在であるための道具 (消耗品) 」 と、認識している のではないでしょうか。 

 

 彼らは、利用価値があれば、 「普通人」 にも、近づいてきます。
 「好かれたい人」 や 「嫌われたくない人」 は、奴隷扱いされるので、ご注意ください。
 さらに、 利用価値の高い 「特別な人」 は、猛アタックを受ける危険があります。
 特に、無菌培養のような環境で、エリートコースを歩んできた人たちは、十二分に、注意していただきたいものです。 

 

 現在の日本人社会は、価値判断基準のうち、 「損得」 と 「好き嫌い」 が、肥大化し過ぎていると、感じます。
  「特別であろうとする人」 の被害に遭いたくなければ、 「善悪」 に強く ならなければいけません。
  「善悪」 に強いということは、時には、損を覚悟で、嫌われてもよいから、 「善」 を、維持する必要があります。
 これによって、 「損得」 と 「好き嫌い」 をエサに、自分を利用しようと、近づいてくる者から、身を守ることができます。 

 

 かつて、危険人物は、10メートル手前からでも、見分けがついたものです。
 しかし、最近は、外見で判断できなくなり、以前にも増して、人を見る目を、養わなければいけません。
 先日、 「日本の頭脳」 と呼ぶべき 「特別な人」 が、自ら、命を絶たれました。
  心より、ご冥福を、お祈りいたします。

 

 

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1960年生まれ 名古屋市出身 1989〜1993年 税理士試験 法人税法、消費税法、事業税、簿記論、財務諸表論、全5科目合格
 
1994年税理士登録 日本税理士会連合会 登録番号 税理士法人3430 税理士78397 名古屋税理士会名古屋北支部所属

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