2013年の景気対策 2012.11.07
1.2013年に期待すること
2013年はどんな1年になるのでしょうか。税理士として最も関心が高いのは、やはり日本国内の失業、倒産、それに伴う自殺など、不況を原因とする問題です。果たして解決の方向へ向かうのか。実は少しだけ期待していることがあります。
なぜ「期待する」のか。それは新政権の誕生です。なぜ「少しだけ」なのか。それは新政権の実力がわからないからです。しかしどの党が政権を取るにせよ、重要な問題点が明らかになりつつある今、現政権よりはマシなものになるでしょう。
今回は、元財務(大蔵)官僚の高橋洋一さんと榊原英資さん、元閣僚の竹中平蔵さん、経済評論家の田原総一郎さん、2008年にノーベル経済学賞を受賞したポール・グルーグマン教授の著書を参考に、2013年の景気対策を占ってみました。
2.デフレ世界1位の日本・・・なぜデフレはいけないのか?
IMF(国際通貨基金)とOECD(経済協力開発機構)の発表値によると、2011年の日本のインフレ率▲0.28%は、世界183カ国中、最下位。しかも182位のスイスが+0.23%ということは、デフレは世界で日本だけと言うことになります。
なぜデフレがいけないのか。デフレになるとお金に対してモノやサービスの価値が下がります。たとえば借金(1年間の返済据え置き)をして住宅を買うと、1年後に借金の残高はそのままですが、住宅の価値は下がっています。
もし長期ローンを組むと、相当な苦しみを伴います。また企業も設備投資にブレーキが掛かるため、個人も企業も消費が減少します。その結果、倒産件数と失業率が増加します。このような悪循環をデフレスパイラルと言います。
3.なぜ円高はいけないのか?
不況・倒産・失業の最大の原因はデフレにあります。もう1つ日本経済を苦しめているのが「円高」。円高になると、外国のモノやサービスの価格が下がります。外国旅行の費用や輸入品の価格が下がるため、個人レベルではよいと感じます。
しかし国内旅行や国産品の価格が高く感じられ、国内のモノやサービスが売れなくなります。これが原因で国内企業の業績が下がり、デフレと同じように倒産件数と失業率が増加します。物価が下がる以上に収入が減ってしまうのです。
社会にとって理想的なのは、「年間3%程度のインフレ」と言われています。実はデフレもインフレも、円安も円高も、市場に出回る通貨(円)の量によってコントロールすることができます。このメカニズムについて、ごく簡単にご説明しましょう。
4.デフレ・円高と、通貨の量との関係
経済法則によって、モノやサービスは量が増えると価値が下がり、減ると価値が上がります。たとえばダイヤモンド。無数にあれば、ほとんど無価値でしょう。3万円台で買える液晶テレビも、世界に1台しかなければ、破格の値段が付きます。
通貨も同じ。量を増やせば価値が下がり、減らせば価値が上がります。世界各国の中央銀行は、年間3%のインフレ(インフレターゲット)を目標に、市場に出回る自国の通貨量を調整しています。簡単に示すと、以下の流れになります。
①インフレ・デフレのシナリオ
円の量を増加 → 円(お金)の価値が低下 → 「インフレ(物の価値上昇)」消費拡大 → 仕事・雇用増加(失業率低下)
円の量を減少 → 円(お金)の価値が上昇 → 「デフレ(物の価値下落)」消費縮小 → 仕事・雇用減少(失業率上昇)
②円安・円高のシナリオ
円の量を増加 → 円の価値低下 → 「円安」により輸出高増加 → 仕事・雇用増加(失業率低下) → 消費拡大
円の量を減少 → 円の価値上昇 → 「円高」により輸出高減少 → 仕事・雇用減少(失業率上昇) → 消費縮小
5.デフレと円高を放置する日銀
ここからマネタリーベース、マネーストック(サプライ)という言葉を用いますが、難しいので「通貨の量」と考えてください。
マネーストックを増やすことを、量的緩和と言います。中央銀行が各銀行の保有する国債などを買い取って、各銀行に現金を支払うなどの方法が採られ、リーマンショック後は世界各国で大規模な量的緩和が実施され、2番底を回避してきました。
総務省統計局が発表したデータによれば、2010年前4〜5年間の、各主要国のマネーストックの伸びは以下のようです。
中国=2.26 韓国=1.57 フランス=1.29 米国=1.28 ドイツ=1.23 日本=1.05
この数字だけ見ると、日銀だけが量的緩和に消極的で、自国の通貨高(円高)とデフレ(物価下落)を放置したことになります。その結果、国内で多くの倒産と失業を生み、、長期的な不況によって、国際経済にも悪影響を及ぼしたと考えられます。
6.日本銀行の特殊性
ここで日銀の特殊性について触れましょう。日本の中央銀行である日銀は、日本銀行法第2条にて「物価の安定」のみに義務が課せられています。ところが他の主要国(欧・米・英)の中央銀行は「雇用」についても義務を負っているのです。
つまり欧州のECB、米国のFRB、英国のイングランド銀行は、市場に出回る通貨の量と景気や雇用の関係を明確に反映させるため、マネタリーベースの決定権と雇用に対する責任を、同じ中央銀行に負わせています。
ところが日本では「雇用」は厚生労働省の管轄なので、日銀は「物価の安定」のみに責任を負えばいい。だから円高とデフレによって、いくら多くの人が倒産と失業に苦しんでも、日銀は物価さえ安定していれば責任を負わない法律になっています。
7.政策の遅れが多くの個人を不幸にしている
リーマン・ショックの震源地である米国の景気回復には、まだまだ時間が掛かりそうですが、予想ほど悪くありません。これはユーロ危機により欧州に流れていたお金が米国へ移動したことに加え、FRBが積極的に量的緩和を行ったからでしょう。
もし日本でも大規模な量的緩和が実施されれば、輸出企業の海外移転に歯止めがかかります。これにより下請け企業の倒産や、失業率の増加にも終止符が打たれます。しかし一度、海外に出た企業が国内に戻るのは大変なことです。
また一度、倒産した企業が設備と人員をそろえ、再稼働するのも大変なことです。グルーグマン教授も、失業が長引くと本人は自信を失い、しかも企業から雇用失格者と見なされやすいと警告しています。だからもっと急がなければいけません。
8.1年で1ドル100円にする方法
高等数学を駆使し難解な経済学を理解する高橋さんは、60兆円の量的緩和を実施すれば、半年から1年で1ドル100円まで円安が進むと試算しました。他にもデフレと円高の原因が日銀にあると考える人が増えています。
自民党の安部総裁が「来年4月に就任する日銀新総裁は大規模な量的緩和を実施できる人がふさわしい」と発言しました。最近、政府も20兆円の量的緩和を求めました。しかし日銀の回答は11兆円。多くは望めないという声もあります。
現在、円安が進み80円台に戻りましたが、これも量的緩和の発表が原因と見られます。一方、日本だけが望む単独の為替介入は、1週間程度しか効果がありません。これは単なるパフォーマンスに過ぎないと、高橋さんは述べています。
9.為替レートは何で決まるのか?
ここで「為替レートを決める要素」ついて、高橋さんの話を確認しておきましょう。私たちにとって、自国通貨である「円」が高くなったり、安くなったりする原因を考えるとき、「国家としての強さや信用」という話がまことしやかに語られます。
しかし東日本大震災の後も円高が進みました。また韓国の通貨ウォンは非常に安く、中国の元も意図的に下げられています。しかし両国とも大きな経済発展を成し遂げました。為替レートを決めるのは、あくまで通貨の供給量ということです。
ここまでは量的緩和(市場に出回る自国の通貨量を増やす)で景気を回復させると説明しました。しかしこの1点だけでは足りないと、グルーグマン教授と竹中さん(小泉政権で中心的役割を果たした閣僚の1人)は述べています。
10.2013年に期待する景気対策3点セット
量的緩和の他に必要な政策は2つ。「短期的な公共事業」と「規制緩和」。まずは公共事業。デフレの原因は「マネーの量」の他に「受給ギャップ」があります。売る人に対して、買う人が少ないという問題を解決しなければいけません。
不況時にお金を使って仕事を増やせるのは政府だけ。だから政府が公共事業を行う。ただし長期に渡ると、民間活力が失われますので、数年で終わらせる。また将来、有望な分野を育成するために、規制緩和を進めるべきだと述べています。
2013年の景気対策。新政権と4月に就任する日銀の新総裁が協力して、①大規模な量的緩和、②短期的な公共事業、③有望分野の規制緩和、この3つの政策を速やかに実施すれば、デフレと円高から脱却できるかもしれません。
11.日本は財政破綻しない
公共事業と言うと、日本の債務残高と財政赤字が叫ばれます。しかし様々な著者の経済本を読むと、「破綻しない」という人の方が明らかに多数です。10年以上前から日本破綻を主張する経済評論家の言葉を信じて大損をした人もいます。
ユーロ建てのギリシャ国債はデフォルトするかもしれませんが、日米英などの国債はデフォルトしないと、グルーグマン教授や日本の複数の経済評論家が述べています。自国で通貨を発行する限り、足りなくなったら紙幣を刷ればよいからで す。
日本の場合、借金が多くても資産も多い。量的緩和によってインフレが起きると、円建て以外の資産は拡大、円建ての借金は縮小します。しかも債務の93%は日本人が保有。「近い将来、破綻はありえない」という説を、私は支持しています。
12.人としての豊かさは、日本人が世界1位
2012年6月にリオデジャネイロで開催された「国連持続可能な開発会議」で、ケンブリッジ大学のP.ダスグプタ教授が監修した「人、自然、物質の面を包括した豊かさ」が発表されました。これによれば国単位の世界1位は米国、日本は2位。
さらに人口で割り1人当たりの豊かさを算定すると、日本が1位。学力低下が叫ばれるものの、日本人の資質は世界一と評価されています。もっと自信を持つべきではないでしょうか。問題は個人の豊かさを生かせる社会ではないことです。
その最も大きな原因である政治家を選んでいるのは国民。私たちに足りないモノ。それは将来に対するビジョンだと思います。目先の損得や一時的な好き嫌いではなく、日本をどんな国にしたいのかによって政治家を選びたいものです。
13.「大きな政府」と「小さな政府」
少子高齢化が進む日本にとって欠かせないのが福祉。「大きな政府」「小さな政府」という言葉がありますが、国民の生活に政府がどれだけ関わるのかを意味します。大きな政府は国民生活に大きく関わり、社会保障も充実しますが税金も高い。
米国は「大きな政府」と「小さな政府」を行ったり来たり。1930年代にルーズベルト政権(民主党)が大きな政府として、金融恐慌再発防止のために、金融制限法を設置。ところが1980年代にレーガン政権(共和党)が小さな政府として撤廃。
その後、米国の金融は無秩序化し2008年のリーマン・ショックへ。この流れから「小さな政府」は支持されにくいでしょう。ただし「大きな政府」と言っても、しょせん自由と自己責任の国ですから、世界的に見れば「小」の部類に入るようです。
14.不遇の立場にある人ほど、政治や社会に関心を持とう!
現在は小さな政府=米国、中くらいの政府=日英独、大きな政府=北欧・フランス。日本は米国のような競争社会にもなれないし、スウェーデンのような高福祉(消費税率25%)社会にもなれない。目指すは英国型だと竹中さんは述べています。
また日本の福祉は医療と年金など老人を重視しますが、出産、育児、教育、雇用など若者向けの福祉を充実させているフランス型がよいと主張されるのが榊原さん。67歳の榊原さんから見ても、日本の福祉は高齢者に偏りすぎなのです。
福祉1つにしても様々な論点があります。社会問題について国民1人1人が将来のビジョンを描く。これが低迷する政治のレベルを上げ、結果的に「日本人の豊かな資質を生かす社会」への実現につながるのではないでしょうか。
※ 参考文献・データの出所等
高橋洋一著「日本人が知らされていないお金の真実」
ポール・グルーグマン著「さっさと不況を終わらせろ」
榊原英資・竹中平蔵著・田原総一郎編集「それでどうする! 日本経済 これが答えだ!」
IMF(国際通貨基金)、OECD(経済協力開発機構)、総務省統計局