田中角栄と石原慎太郎  2016.06.08

 

 

1.天才が語る天才 

 

 石原慎太郎著 天才を読みました。
 内閣総理大臣を務められた、田中角栄さんに関する小説です。
  私は 1960 年生まれ、お2人のご活躍を、リアルタイムに、拝見してきました。
  この本を読みながら、懐かしい昭和の情景が、何度も浮かんだものです

  

 田中さんが総理大臣になられたのは、私が小学 6 年生のとき。
 それまでは、自民党総裁選の度に、「また佐藤か」 と、父がぼやいていました。
 佐藤とは、ノーベル平和賞を受賞された、あの佐藤栄作さんのことです。
 母は、石原さんの弟、裕次郎さんのファンでもあり、慎太郎さんのことも、高く買っています

  

 田中さんとはタイプが異なるものの、石原さんも天才の一人 ではないでしょうか。
 私は、小説を読みませんので、その分野の才能は、わかりませんが ・・・
 剪断は双葉より芳し (せんだんはふたばよりかんばし)。
 この言葉にふさわしく、若い頃から才気煥発、光り輝いてきた人でしょう。

 

 

2.本書が書かれた目的 

 

 本書について、字が大きい、字数が少ない、新しい内容がない。
 このような批判も、見受けられます。
 石原さんが、熟読したであろう、参考文献は 30 冊を超えています。
 さらに、あの石原さんが、今さら書くのだからと、一部の読者の期待も、相当、膨れあがったに、ちがいありません。

  

 それでは、どのような目的で、この本は、書かれたのでしょうか。
 過去を振り返る回想本でもなければ、専門家やマニア向けの研究本でもなさそうです。
 その目的は、「田中角栄さんに関する真実を、多くの人に伝えておくため」 だったのではないでしょうか。
 だから、主要な内容のみが、わかりやすく書かれているのでしょう。

  

 このように解釈すれば、この本は目的にかなっています。
 田中さんを知らない世代にも、歴史上まれな人物だったことは、伝わったと思われます。
 この本をきっかけに、政治や政治家への関心が高まれば、さらなる目的まで果たされた と考えられます。
 私自身も、この本から、いくつかの反省と、学びを得ることが、できました。

 

 

3.その年齢にならなければわからないこと 

 

 石原さんは、若い頃、田中さんより素晴らしい政治家になれる。
 このような確信を、強くもたれていた、のではないでしょうか。
 ところが、政治家としての人生が終わった今、けっきょく田中さんには及ばなかった。
 その事実を、悟られたのかもしれません。

  

 人間は、その年齢にならなければ、わからないことが、多々あります。
 そのことに気づくことさえ、なかなか難しいものです。
 親の苦労は、子供を持つまでわからないと、言われます。
 つまり、人間は経験しなければ、理解は本物にならないし、経験しても、理解できないことが、さらにあります。

  

 若い時は、世間のことも、人間のことも、自分のことも、わからないまま、他人を批判します。
 しかし、わからないからこそ、未知のことに挑戦したり、新たな可能性が、切り開かれていく ものです。
 人間的に成長すれば、これら両面に気づくことでしょう。
 見かけ倒しで、中身が成長することなく、批判に終始した総理大臣もいましたが。

 

 

4.米国にはめられた田中さん 

 

 田中さんにとって、致命傷になったのは、ロッキード事件です。
 これは、米国が仕掛けた罠 でした。
 当時、日本の独立性を維持するために、田中さんは米国の意にそぐわない行動を起こしました。
 それが原因で、抹殺されたというのが、真相ではないでしょうか。

  

 当時の日本の政界も司法界も、米国怖さに、不公平な裁判によって、田中さんを葬ろうとしました。
 本来であれば、このような時こそ、マスコミがしっかりすべきなのですが ・・・
 それに対して、唯一、見捨てなかった、有権者の人たちは、偉かった と思います。
 この時代には、過去の恩を忘れない人たちも、大勢いた訳です。

  

 しかし、日本を最も愛する政治家を、日本人自身の手で葬ってしまった ことは、確かです。
 日本史上、大きな汚点ではないでしょうか。
 今回、石原さんという、非常にメジャーな方のお力を借りて、再評価の機会を得たことは、日本人として喜ばしいことです。
 私たちはこの史実から学び、今後の諸外国とのつき合い方に、生かすべきでしょう。

 

 

5.かの国の人たちは、なぜ米国に背くのか? 

 

 田中さんの件で、米国は、まったく手を汚していない 点にも、注目すべきです。
  このようなことは、日常的な人間関係の中でも、頻繁に起きているからです。
 つまり、自分が愚かであれば、誰かに操作され、自ら加害者になり、他人を攻撃し、自らも被害者にする、ということです。
  一方では、米国のような存在に刃向かえば、田中さんと、同じ運命をたどることもある、ということです。

  

 今でも、「米国対その他の国」 という図式があります。
 その他の国の中には、しばしば、命までかけて、米国に背く民族がいます。
 米国寄りの国民は、彼らが 100% おかしいと考えがちです。
 しかし、かの国の人たちにも、それだけの理由があり、米国にも必ず否があるはずです。

  

 そこまではわかりますが、やはり、政治は、複雑で理解しがたいものです。
 少なくとも、「何れが正しく、何れが悪い」 といった、短絡的な思考は避けること。
 何故だろうと考えつつも、答を出さずに、延々と保留。
 世の中すべての出来事が、そのようなものかもしれませんが。

 

 

6.「悪人」 より、悪質な 「偽善者」 

 

 世の中には、2 つの世界が存在すると、感じています。
 1 つは、「善悪の世界」、本音の世界でもあり、もう 1 つは、「偽善の世界」、建前の世界でもあります。
 2 つの世界は、人間社会の至るところに、同時に存在し、混沌としています。
 2 つの世界の住人たちは、同じ言葉を使いますが、言葉の意味が違うので、理解し合うことができません

  

 例えば、「バカ」 という言葉。
 善悪の世界では 「相手に対する愛情」 も含みますが、偽善の世界では 「単に人を傷つける悪い言葉」。
 石原さんは、「善悪の世界」 の中の、さらに 「善」 の人です。
 だから、「バカ」 という言葉を、よく使われます。

  

 石原さんは、田中さんのことを、当初 「悪人」 と判断されたのかもしれません。
 しかし、政治家として経験を重ねるうちに、もっと悪質な 「偽善者」 が、星の数ほどいることに気づかれた。
 そして、田中さんは、偽善者たちと戦い、それに破れた。
 田中さん自身が、実は、大きな 「善」 の人だった ことを、理解されたのかもしれません。

 

 

7.田中さんの、何が 「天才」 なのか? 

 

 この本で忘れてならないのが、タイトルです。
 「天才」。
 いくら善人でも、能力が並では、世の中に大きな益を、為すことができません。
 また、石原さんという天才が、大きく反応することもなかったでしょう。

  

 田中さんは、普通の、善意の人や、努力の人ではなく、天から授かった能力に、秀でた人でした。
 中でも、驚異的だったのが、先見力。
 日本の未来像を、ここまで正確に予測されていたとは。
  それ以上と言えば、織田信長くらいでしょうか。

  

 私は、終戦から 15 年後に、生まれました。
 当時の日本は、まだ貧しく、貧弱で、粗末なものばかり でした。
 その後、大きな経済発展の末、日本は世界有数の豊かな国に向かって、ばく進していきます。
 そのレールを敷いたのが、田中さんでした。

 

 

8.田中角栄さんと石原慎太郎さん  

 

 あれだけ多くの人に、裏切られたにもかかわらず、田中さん本人は、誰に対しても、目立った攻撃をしていません。
 反対に、多くの人を、貧困や苦しみから、救い出しました。
 その 愛の大きさには、計り知れないものがあります。
 皮肉なことに、それが弱点になったのかもしれませんが。

  

 私は、田中角栄という、類まれな人物と、同じ時代に生きさせてもらったことを、幸運に思っています。
 田中さんは、どこの誰ともわからない、末端の国民まで、愛していました。
 私自身も、その無数の中の 1 人だったからです。
 政治家とは、本来、そうあるべきものではないでしょうか。

  

 最後に、石原慎太郎さん。
 テレビ番組の中、石原さんが登場すると、その場の空気が、一変します。
 緊張感を伴う安心感と言いますか ・・・ 私には、それが、どこか懐かしいもののように、感じられます。
 今後もお元気で、よい仕事を長く続けていただきたいものです。